「丸裸月間」自分の名前にまつわるエトセトラ



宇宙大の心の広さを

そう願って、私の息子の名前には

「宙」の文字を名前をつけました。

心の器の大きい人になって欲しいと願ってね。

息子も、学生時代には「宇宙」に関係した仕事をしたいと夢を語っていたほど、宇宙へ想いは親から子へ伝染していったんですね。

子どもの名前は

親が我が子に1番最初に渡す プレゼントです。

想いもたくさんこもっているワケですよね。

我が子の名前を呼ぶのは、

「大好きだよ」と言っているのとおんなじ。

たくさん、我が子の名前を呼んであげてくださいね。

そうすることで、お子さんの自己肯定感が高くなります。

えっ、私の名前?

丸裸月間だからね。

私の名前のことも話さないとね。

私の本名は「保子」という漢字を使います。

両親の仲人さんだった、白保のおじちゃんが

お名前の一字とってつけてくれたらしい。

小さい頃は「美」という字がついてる名前の友達が多くて、

ちょっとばかり古くさい名前だと思ってました。

高校3年生になった時

進路のことで

私はめちゃ悩んでいたんです。

手先が器用でヘアメイクが好きだから美容師か、

糸井重里さんに憧れてコピーライターか、

長女で面倒見が良くて子どもが好きだから保育士か(当時は保母ね)にしようか、

3択で悩んでいたわけです。

我ながら、夢多き少女だったなぁ。

当時、


勇気がなくて、思春期の反抗期らしこともでできないくせに

「なんとなく親のいう通りのレールには乗せられたくない。」

「親の言う通りの人生はつまらない」

と感じていました。

今考えると、

そう思うことが唯一の反抗の形だったな。

(勇気を持って反抗でもできたら、もっと違った人生も歩んでいただろうか? と、ちょっと考えたりする)

なのでね、

親があんまり勧めない保育士の道を進もうかと。

それに、私の名前【保子】だし、保母になれ‼︎

って名前だよね。

そんな風に考えて、保育科に進学。

そしたらね、

保育について、学ぶことの全てが知りたかったことで、めちゃくちゃ楽しく学べた授業ばかりだった。

素敵な同級生にも出会えて、めちゃくちゃハッピー。

短大の学生時代は、とても充実した日々を過ごしたなー。たった2年だけど、それはそれは、何倍にも匹敵する濃〜い時間だった。

思い込み通り、名前に従って保育科に進んで

大正解。

初めて自分で自分の道を選んで進んだ気がしたな〜。

ここから自立の道になっただろうと思う。

余談

当時は、バブル時代全盛期で、女子大生がモテモテの時代、

みんなが奢ってくれるもんだから、調子に乗って遊び呆けてたな😅

学びながら、バイトしながら、遊びながら、

忙しい毎日。

バイト仲間とディスコにも毎週通って

夜遊びしまくり、頻繁に朝帰り。

今考えたら、何度も危ない橋渡ってたことも。

怖いもの知らずだった。

なんともっと怖いことに、

月曜日の1講目の時間は寝坊して欠席ばかり、

一般教養の「コンピューター」という単位を落としてしまったよ😅

よくぞ、道を外さなかったと思うほどだわ。

これは、私の黒歴史、、、。

と同時に

まさしく✨青春時代だったわ〜。

講師の時は真面目な顔して語ってるけどさ、

やらかしちゃった経験ありなの。

我が子にはあんまり言えない🤣

でも、それが

人としての幅や深み、あそびの部分になったこと間違いなし。

丸裸月間第一弾

やすこの黒歴史も暴露でしたね。

これからもまだまだ、脱ぎ捨てるからね。

お楽しみに。